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沖縄の県民投票

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設の賛否を問う県民投票に対し約3割が投票できないという異常事態が起こっている。宮古島、宜野湾、沖縄、石垣、うるまの5市の市議会では県民投票に対する反対が決議され、うるま以外の市長も議会の決定と言うことで、その決議を尊重する構えである。2月24日投票なので、14日が告示日だという。まさに残り1か月での非常事態である。
 政府の強権政治を主張する県に対して、県の強権政治を主張する市。なぜ沖縄はここまで複雑な構造をしているのだろう。沖縄の住民ではないから、蚊帳の外だから、勝手なことが言えるのかもしれないが、太平洋戦争における無条件降伏の結果が沖縄の米軍基地で、それはまた憲法9条の結果でもある。ならば、米軍を忖度するしかない日本政府にどうのこうの不満をぶちまけたってしかたないだろうと思わないでもない。
 沖縄は日本に復帰したとはいえ、日本国内の米軍基地の7割が沖縄に集中している。少なくとも米軍基地はアメリカの領土だと考えれば、米軍基地が県内でかなりの場所を占めている沖縄はまだ完全に復帰していないとも言える。明治の条約改正のように、日米地理協定から一歩ずつ変えていくしかないのではないか。住民パワーがこんな風に断絶している状況を見て、沖縄の人たちはその不満の解決方法を間違えていやしないか、そんな風にも思う。
 戦争の傷跡はこんな形でも表れてくるのだ。語り継がれるものばかりが戦争の傷跡ではない。思うに戦争はしてはいけないものなのだが、その一方で、するのなら勝たなければならないものだ。プーチン大統領も北方領土は第二次世界大戦の結果だと言っている。それが正しいとは思わないが、我々は第二次世界大戦の結果を軽く甘く考えすぎてはいないか、そこは気になるところである。
 
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チンギス紀 一~三

 北方謙三著。集英社刊。鴨方図書館の新刊に出ていたので、三巻「紅暈」を借りようと思った。まっ、どうせ借りるのなら一、二巻もと思い、3巻セットで借りた。正月前だったので、これくらいは読めるかなと思って借りたものの実際には3巻目が途中までしか読めなかった。返却日の8日に図書館に行って予約が入っているか調べてもらったら、予約は特に入っていなくてもう1週間借りることができた。「岳飛伝」だったらこうはいかなかったろう。「チンギス紀」は人気がないのだろうか。
 北方謙三の時代ものならはずれはないだろう、と思っていた借りたものだ。実際にはずれではなかった。これまでのものと同様おもしろかったが、期待が大きい分だけ物足りない気がしないでもない。とはいえ、まだテムジンがキャト氏の一部をまとめだしたばかりのころの話。今からそこまでおもしろいわけはなかろうと思わないでもない。人気がないように見えるのはそのせいかもしれない。
 そもそもこの種の連載物は最後まで終わらないと単行本を読む価値は少ない。刊行されたものまでしか読めないからだ。雑誌に発表されるものを待って読むのとは違う気がする。ましてや、図書館で借りるとなると、次の刊はいつ読めるものやら。次のを読むころはどんな話だったか忘れていても仕方ないと思う。まあ、それはそれでしかたがないだろう。そういう読み方をしているのだから。
 それにしても衰えない人だなあ、と思う。歴史上世界最大の帝国をき上げた、ジンギスカンことテムジンの生涯をどのように描き切るのか。また、北方謙三が想像するテムジンはどんな人物なのか。これからじっくり読んでいきたいと思う。
 


アキレスと亀

 清水義範著。角川文庫。鴨方図書館蔵。まあ、清水義範だ。著者の才能が如何なく発揮されていると言えばいいのだろうか。清水義範としては普通の短編集だろう。だから、おもしろいと言う人もいれば、その逆と感じる人もいよう。逆の方だと言う人は読まなければよい。それだけの話なんだろう。 解説もまた、「なんだこれは」という解説がついていてなんだかおかしかった。
 解説を読んだ感じでこの作品集を考えれば、つかこうへいさんの「小説熱海殺人事件」みたいな、「殺人事件の推理小説」のお約束を現実に引き戻して、それを笑うみたいな、そんなおもしろさがある。筒井康隆さんの作品にもそんなのがある。「小説」をどこか外側から眺めているようなところだ。そこが写実的になっていて、だこらこそ笑えるのだろう。 しかし、そういうところが「鼻につく」と感じもする。「王道」ではないからだろう。世の中は難しい。
 この小説を借りたのは、清水義範ならまあ、暇はつぶせるだろうと思ったからということがある。あと、国語の授業で「アキレスと亀」というのが出てきて、それを説明したということがあったからだ。また暇なときに借りたいと思う。
 

だましだまし人生を生きよう

 池田清彦著。新潮文庫。単行本のタイトルは「生物学者」。これを改題したものである。カバーの裏表紙にあるように、確かに池田印100%の豪快な自叙伝である。手に取ったときは、ちょっとした「正義」や「人生哲学」を説いた本かと思っていた。血みたいなものが通っていて、楽しく読めた。その分、意外におもしろかった。
 とある生物学者がどのような生涯を送ろうと私には関係ない、とは思う。人生が「戦い」ならば、その「戦闘記録」はどんなにすばらしくても、それは他人の戦闘記録に過ぎないから。どこかで聞いた歌の文句みたいだが、自分の人生ではあくまで自分が主人公だということを考えれば、当然そうだ。でもまあ、人間には想像力を利用した「感情移入」なんていう能力があるので、他人の戦闘記録までおもしろく読んでしまう。そういう意味では前半の若いころの話はおもしろかった。
 後半の生物学者としての、「構造主義生物学」といのはよくわからない。書いていることはさほど専門的ではなさそうだが、生物学特有のDNAの話になったりすると、書かれていること自体はわかるのだけれど、それが先端的な学問につながっていると考えると、これはまあ、私には理解できないんだろうなあ、と委縮してしまう。私は学者には向かないようだ。
 養老孟とも仲が良いというこの人たちの頭はどうなっているのだろう?環境問題に対する視点がものすごく鋭いので、以前から関心を寄せている学者?ではあるのだが、その枠を超えているように見えるのは、若いころからの豪放な生き方によるのだろう、と納得できる本ではある。

辺野古、土砂投入

 政府は14日にも辺野古に土砂投入を行う方針を固めた。玉城沖縄県知事は必要な届け出をしないまま、工事に踏み切ることは違法であると指摘し、強い遺憾の意を表明した。それにしても、沖縄の普天間移設問題はこじれにこじれている。鳩山元総理の「最低でも県外」発言が今も尾を引いているかのよう、に。
 こんなことを言えば、沖縄の人は「差別」と言うかもしれないが、沖縄は太平洋戦争の結果、アメリカに占領されたところで、言ってみれば、今の「北方領土」みたいなものである。アメリカから返還された「沖縄」に対して、ロシアから返還されていない「北方領土」。そんなところで、住民の意思もへったくれもないではないか。ことに軍事面ではアメリカの言いなり以外にどうせよと言うのだろう。憲法9条は、ある意味日本は軍事面に口を出すなというものではないのか。
 住民投票で「民意」を明確にしたところで、米軍がそれに従うとも、日本政府が米軍にたてつくとは思えない。それは、民主主義とかそういう問題ではなく、単に日本がアメリカと戦争をして負けたという事実に過ぎない。沖縄を犠牲にして本土の人は平気なのか、と言われるが、平気ではないがどうしようもないだろう、それは。そこまで沖縄のことを自分のことと考えられていないのは反省すべきだが、普通そう考えるだろう、それは。
 個人的には、今の政府の対応が間違っているとまでは思わない。「そうするしかないだろう」と思う。沖縄の人の「正義」は軽んじられてはならない。けれども、本土の人が忘れかけている「戦争の結果」の犠牲を今、沖縄の人たちが受けているのだと思えば、沖縄に住んでいない我々もまたその痛みを理解できるのかもしれない。