W杯初戦

 ジャイアントキリング。英語ではそういうらしい。日本がコロンビアに勝った一戦がそのように形容されていた。金星、番狂わせ、下剋上。日本語にしてもさまざまな表現、いずれにせよ、日本がコロンビアに勝つなんてだれも想像していなかった。国内のある番組では、「小さな奇跡」を期待する、そんなふうに言っていたのを思い出す。
 記録をたどっても、前回W杯でのコロンビア戦は4対1の惨敗。そもそも日本はW杯で南米のチームに勝ったことがなかったのだ。(3分け14敗)。現在のランキング比較でもコロンビアの16位に対して日本は61位である。こうしてみれば、「奇跡」があながち大げさではないことがわかる。
 試合開始後、3分でレッドカード。おかげで試合時間のほとんどは10人対11人の戦いだった。そういう意味では運もあったと思う。乾が長友がGK川島が機能していない。相手が11人だったら失点につながったミスもあった。そんな解説も聞こえてきた。課題と言う意味では、勝ったからこそ見つかった課題も出てきたのだろう。セネガル戦につなげてほしい。
 開幕まであとわずかという時にハリルホジッチ監督が解任され、西野監督に代わった。それがよかったのかどうかはわからない。しかし、少なくとも「結果」は出せた。初戦は「運」が作用したかもしれない。このあと実力を発揮するために。そうだ「運も実力のうち」である。
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ブロック塀

 昨日、午前7時58分だったか、大阪市北部を震源とする最大震度6弱の地震があった。マグニチュードは6.1だから大きいけれどさほど大きくはないというべきか、震源の浅さが震度の大きさにつながったらしい。
 死者は4人。中でも小4の子が倒れてきたブロック塀に挟まれて死亡したのはあまりにも痛ましい。過去に起こった地震被害でも「ブロック塀の下敷きになって」というのは、多かったはずである。なのに学校の建築物でなぜこんな事故が起きるのか。
 こんなことがあってから、国内の学校のブロック塀の調査をしたのでは手遅れだろう。少なくともこのブロック塀は建築基準を満たしてはいなかった。しかも、驚いたことに学校のブロック塀は耐震調査の対象外だったという。校舎の耐震化に比してブロック塀などはあまりお金のかかることではないように思う。いやそれ以前にそこをブロック塀にする必要があったのか、疑問は禁じ得ない。
 東日本の震災の時、大川小学校の子供たちがたくさん亡くなった。現場の教師を責めるのは酷な気もするが、「もしも」のときを考えるのは指導者、管理者の務めであると思う。リスクが管理できないというのは、指導者ないし管理者の適格を欠いていると言われてもしかたがない。

栄監督

 栄監督が電撃解任。至学館大学の谷岡学長は復帰したばかりの栄監督を17日に解任した。栄監督は14日に記者会見をしたばかりだったが、このときは谷岡学長も選手ファースト(選手が望んでいるから)と、栄監督の指導現場復帰を喜んでいるように思えたのだが。
 栄監督はもともとテレビなどもよく出ていたと思う。吉田沙保里はじめ登坂絵莉や他のオリンピックのメダリストたちと一緒にバラエティ番組などにも出ていたように記憶する。ちょっとお茶目でパワハラなどとは縁遠いようにも見えたのだが、伊調選手との関係ではそううでもなかったのだろう。
 記者会見後、たまたまレストランで居合わせた千原せいじとレスリングの観戦をしたのが学長の逆鱗に触れたようである。これこそ、パワハラと思わぬでもないのだが、栄監督の方にも問題がないわけではない。そもそも記者会見で、伊調選手との間の「コミュニケーション不足」が問題だったと、いかにも自分は悪くない的な発言をしており、これが問題になっていたからだ。
 所詮は谷岡学長が自分に被害が及ぶのを避けるためというか自分の責任逃れのため栄監督を切った気がしないでもない。うーん、これってやっぱりパワハラじゃないですかあ。

プルトニウム

 政府は、「余剰プルトニウム」の保有量に「上限」を設け、余剰分が増えないよう対策を強化する。というのが、今日の朝日新聞の1面トップ記事だった。余剰プルトニウムとは原発の使用済み核燃料を再処理して取り出したプルトニウムのことである。従来から日本にある大量のプルトニウムは、テロリストから狙われたらどうするんだ?ということは言われていた。
 日本が国内外に抱えるプルトニウムの在庫は47トン。原爆に直してやく6000発分だという。例の「もんじゅ」がほとんど稼働しないまま廃炉になったため核燃料サイクルが行き詰ったことがそのおもな原因だろう。核燃料サイクル自体、ウランが安く手に入るようになった現在では、経済的な意味はない。だれが考えてもどうすんだ?という話にはなる。
 原発自体をなくせという意見も多い中、こんな研究続けてどうするんだろう、と思わないでもない。朝鮮が非核化するのに伴って日本は核兵器を持つなんてのは冗談にしてもほどがある。それでも、日本が核を持つ「その時」のために研究しておく必要があるのだろうか。
 ただ単純に「こんなこともうやめよう」と思えばすむことなのだろうか。燃えるゴミとか燃えないゴミみたいにごみステーションに出しておけばすむものでもない。廃棄すること自体も相当大変なことなのだろう。捨てることに決めたからと言ってそれでどうにかなるものではなさそうだ。
 
 

日朝首脳会談

 日米首脳会談を受けて、日朝首脳会談が行われるようである。拉致問題の解決は当事者同士行われなければならない。確かにアメリカに頼む話ではないのかもしれない。とはいえ、北朝鮮側が「解決済み」としてきたこの問題は、暗礁にのりあげたまま進展はなかったはずだ。
 日米首脳会談で、北朝鮮側が「解決済みとはいわなかった」ことが、今後の日朝の直接交渉の根拠になっているわけだが、単に無視しただけではないのだろうか。単に無視しただけなら、どうだろう、北朝鮮側も強気で「解決済み」と言って来そうであるが。
 現実の問題として、日朝首脳会談が開かれるわけだし、それを北朝鮮側も受け入れているわけだから、拉致問題が解決 に向けて進まないわけでもなさそうではある。しかし、期待はどの程度持てるのだろうか。
 「経済援助」と言わないまでも、制裁は解除できる程度に「非核化」や「拉致問題解決」が進んでほしいと思う。たぶん、人間は絶対的な物質的な「貧しさ」には、ある程度耐えられる。しかし、まわりの国民を見た時に、みんなが豊かな暮らしをしていたら、そのうらやましさには耐えらえないと思う。相対的な貧しさは精神に来る。たとえアメリカが「体制の保障」をしても、内部から崩壊が起こる。もちろんすぐにではないが。