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中原を翔ける狼

 副題は「覇王クビライ」 小前亮著 文芸春秋刊。著者の小前亮は、岳飛伝などを書いた田中芳樹さんの勧めで小説家になったという。だからどうだというわけではないが、「へー」ではある。
 読後感としては、ちょっとめんどくさいなあ、という感じ。クビライの人間性とかよくわかったし、そのほかの情景描写も細かくてわかりやすいのだが、それが逆に「めんどくさい」と受け取れたのかもしれない。あと、借りるときにクビライでなく、ジンギスカンと勘違いしていたこともあるかもしれない。
 でも、マルコポーロも元寇もほとんど出てこない「クビライ」では、今一つ興味がそそられない。そんなところであろう。もちろん、著者が描きたかった「クビライ」は十分に描き切っているように思う。確かに、読む前のクビライのイメージと読んだ後のクビライのイメージは変わったと思うから。
 世界史上最大の帝国を作ったジンギスカン。その孫のクビライは、東方の中原を抑え、中国の王朝の一つである元の王として君臨した。ほかの「ウルス」は消えていったけれど、明に征服されるまで、元として続いていく。その基を作ったのはやはりただものではない。
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ああ知らなんだ こんな世界史

 毎日新聞社刊 清水義範著 鴨方図書館。もちろん、新刊本とかではない。2006年だから、だいぶ古い。実際、イスラム国がなんども出てくるのだが、あのイスラミックステート、ISではない。ISかと思って読んでいたら、どうもつじつまが合わない。国教とまではいわなくても、国民の多くがイスラム教を信じている国々のことを、イスラム国と呼んでいることがわかった。イスラム国が国であるかどうかは別としても、国家宣言をしたのは2014年だから、2006年当時、イスラム国と言えば、イスラム教を信じる国という意味しかなく、西アジアから北アフリカ、東南アジアまで広がった国々を指したわけだ。
 そのイスラム国から世界史を見てみるとヨーロッパ史や中国史とは違った世界が見えてくるだろうと言うことだ。しかも、それを「観光」という実体験を交えてつづっているから、ちょっと面白い読み物になったと思う。ただ、ちょっと詳しすぎて、○○朝とかいってもどこの国だったか、はたまたその何代目とかがどういう王様だったか、まるでイメージが湧かず、このひと結構知識が豊富なんだなあ、とは思った。ひけらかすというわけでもないから、やっぱり、生来の知識が豊富なんだろう。
 大学受験のとき日本史世界史で受けたらしいから、私と同じと言えば同じである、知識のもとはそこだけだと言うから、やっぱりそこから先が違うのだろう。日本史は仕事柄、いくらかはしなければならないが、世界史はあまりに薄っぺらい。それけに中国史やヨーロッパ史自体の彫りが浅く、その陰影も薄い。したがって、イスラムから見るとこうだという感動もあまり激しいものにならない。
なるほどなあ、とは思うものの、と言ったところだ。
 とりわけ、「観光」という実体験により裏打ちされているところが、海外旅行など縁のない自分には、よそよそしい。それなら、感動部分だけデフォルメされた漫画でも読んだ方がいいのではないか。ちょっとそんなことも考えた。別におもしろくなかったわけではないのだが。

海王

 鴨方図書館で借りて来た。下の方は2週間で読めなかったので、電話をかけて延長してもらった。読むのに上下合わせて1か月以上かかったように思う。西日本豪雨などの影響で、電車で通勤しなかったことが多いっま、夏期講習に突入したからだ。分厚い本だが、普通ならそこまで時間がかからなかったと思う。宮本昌孝著。徳間書店刊。
 剣豪将軍足利義輝の後継本だということはわかっていたのだが、電車で読むには厚過ぎて重たいので持ち運びに不便と感じてはいたので、すぐには借りなかったのである。で、6月の終わりの会社の連休のところで、借りたわけだ。その後、上述の豪雨の影響でJRが止まったりしたのだ。
 内容それ自体は面白かったと思うが、「剣豪将軍 足利義輝」の方がおもしろかったように思う。やっぱり、後継本は後継本だ。オリジナルにはかなわない。そんな風に思った。そこらへんはそう、足利義輝は実在するが、海王は実在しないっていうか歴史に名をとどめていない。世界をまたにかける貿易商人なら名前ぐらい残っているだろうという気はする。
 史実の取り込み方によって空想は変わってくる。史実と言う土台が強ければ強いほど、「空想」は重みを増す。そういう意味では松岡圭祐あたりの方が、史実の重みが重い。その分空想がリアリティを持つ。海王の名が少しでも記録に残っているのならもっと「ありえる」の空想になっていたのに、とは思う。
 



 

1票の格差

 7月18日、参議院定数を6増やし比例代表に特別枠を導入する改正公職選挙法が衆議院で可決した。自由民主党の党利党略、ゲリマンダーなど与党を支持する人たちからも批判を浴びる中での強行突破ではあった。
 以前から「合区」の問題点を感じていたが、結局、ここに帰着するのかと思った。であれば、「合区」の段階でここまで考えていたのだろうな。「合区」のところから党利党略する予定だったんだろうな。大人ってきたない、というべきか、何手先まで読んでやがんだ?というべきか。
 自民党が「合区」なんて認めるわけがない、と思っていたんだ。いくらプロの手法と言ってもでもここまでぐちゃぐちゃにするより、参議院、衆議院のコンセプトをはっきりさせた方がいいと思う。衆議院は小選挙区、参議院は比例代表とかね。もちろん、参議院を都道府県代表に特化させるという手もある。
 たぶん、今回ンの改正は国会を根本的に変える契機になると思う。

1票の格差…合区の方が不平等に感じるけれど…。

定数増

 参議院の定数が6増える改正公職選挙法が衆議院を通過した。改正公選法は、「1票の格差」是正のため、現行で議員1人当たりの有権者数が最も多い埼玉選挙区の定数を2増。比例代表の定数も4増し、定数を減らす傾向に逆行するものとして反対派から批判を浴びている。
 今回の改正ポイントして大きなものはもう1点ある。それは、「特定枠」で、当選順位をあらかじめ定める拘束名簿式の「特定枠」を導入するものだ。。自民党は「鳥取・島根」「徳島・高知」の合区によって選挙区から出馬できなくなった候補を「特定枠」で救済する方針だ。これもまた、多数党である自民党の党利党略として批判を浴びている。
 そもそもの問題として、1票の重みは何倍から不平等といえるのか(憲法違反と言えるのか)。裁判所がそれを2倍としても、やはり根拠に欠ける。では、参議院の選挙区選出議員の枠である都道府県を崩すことは違憲ではないのか、1票の重みとのバランスはどうとるのか。あるいは、投票率とのバランスはどうなのか。特定枠を設けることは非拘束名簿式を崩すことにもなる。
 何だろう?なにもかにもぐちゃぐちゃになっていくような形で、改正していくのはいいことのような気がしないのは確か。やっぱり、国会が国会のことを決めるということ自体に無理があるのではないだろうか。